冬のロシア⑬番外フィンランド第二の都市タンペレで-21度を体験

1月21日、真冬のロシア一人旅13日目、番外編ヘルシンキ2日目は、鉄道VRで、フィンランド第二の都市タンペレに行ってみる。

なんでタンペレに行こうと思ったかと言うと、かれこれ10年前にさかのぼる。 当時は年に1度の海外逃避が精一杯で、しかも8日間で、フィンランドとスウェーデンを旅していた。ヘルシンキはたった3泊だった。その際、ポルヴォーという街に遊びにいき、帰りのバスで、たまたま隣に座っていた兄ちゃんに「Are you Japanese?」と話しかけられた。私が日本語のガイドブックを持ってたから、日本人と気付いたと。それをキッカケに、少し日本語を勉強していたというキプロス系のフィンランド人の兄ちゃんにフィンランド事情などを教えてもらいながら、帰りのバスの長い道中を楽しく過ごしたのだ。 その彼にフィンランドでおすすめの場所は?と聞くと、自分が住んでるタンペレと言っていたのだ。当時は時間がなかったのだが、10年経ち、昔より自由に時間が作れるようになり、やっと今回タンペレに寄ってみることににしたのだ。


9:04ヘルシンキ発の列車に乗り、タンペレへと向かう。チケットはネットで予約購入していたので、席も既におさえていた。

一番空いていた4号車の二階の席を取ったのだが、子供用の遊び場がある車両だった。

だから空いていたわけだ。

前方には狂喜乱舞のお子たちスペース
ようやく朝日が見えてきた。

11時過ぎ、 ほぼ二時間でタンペレに到着。

タンペレ駅
タンペレ駅前

タンペレには赤レンガの建物が多い。工業都市ということで、もくもくと白い煙が出ているが、空気が悪いとは感じないし、空も青く澄んでいる。煙というより蒸気なのかも。

タンペレはネシ湖とピュハ湖の二つの湖に挟まれていて、それぞれの湖の水位差が18mあり、その落差を利用して水力発電をしているため工業が盛んになった。以前は製紙、皮革、繊維産業などが盛んだったが、現在はIT産業が盛んになっているそうな。

街ができたのは18世紀後半、その後帝政ロシアの支配下にはいってから、紡績業など工業が発達し、フィンランドでの労働運動、社会主義、共産主義の中心地となっていった。

タンペレにはレーニン博物館がある。亡命中のレーニンがタンペレに居てはったそう。


ひょっとすると、今日は寒いかもしれん。

私は寒さにはめっぽう強いので、あまり辛いとは感じないのだが、息を吸い込むと、鼻の奥がくっつくような感覚がある。息を思いっきり吸うと肺が少しこそばゆくなって、むせるような感じ。これって呼吸の中の水分が凍っているちゅうやつか?

この気温のためか、殆ど人が歩いていない。フィンランド第二の都市のハズなんだが。。。

おいおい、裸で寒くないんか・・・。タンペレのVapaudenpatsas(Statue of Liberty)。

いえーい
アレキサンダー教会

さらにずっと西へと進んでいくと、階段をあがった丘の上に展望台がある。

1階がカフェになっていて、そこで2ユーロ支払って、エレベーターで展望台に上る。

窓も凍り付いている。

そして最後の階段を上がり、ドアを開ける。

向こうに見えるの白い箇所は湖。

バルコニー部分がスゴイ凍り方。雪じゃなくて霜なのかと。

これぞ、真冬のタンペレの楽しみ方!ぷはあ!

グレートよしおちゃんの毒霧 

時間を忘れてずっと一人で「毒霧遊び」をしていたら、さすがに寒くなってきた。

展望台の下のカフェはドーナツが美味しくて有名なのだ。フィンランド一のドーナツ!

スパイスが効いてる。カルダモンかと思う。それが程よい甘さをとマッチして旨い。ここまで歩いてきた甲斐があったぞ。

外は人が歩いていないのに、このカフェには人がたくさんいる。みんなどこにおったんや。しかしドーナツうまい。

カフェから出て、空を見上げると、木々は樹氷の状態だ。キレイだなあ。。。

ロシアでもたくさん雪を見たが、そういや樹氷は見ていなかった。

ブリタニカ国際大百科事典によると、樹氷は、「おもに過冷却した霧粒または雲粒が樹木に吹きつけられて凍ったもの。霧氷の一種。羽毛状の白い氷で繊維状の構造をもっている。-5℃以下の気温のとき風のあたるほうに大きく成長する。」とのこと。条件が揃わないと見られないんだね。

特に何をしに来たってわけではないが、ただ極寒のタンペレを歩いている。レーニン博物館にはいきたかったが、のんびりし過ぎて、あっという間に空は夕日の色。といってもまだ3時なんだけど。

最後にFinlayson Factory Areaに向かう。

タンペレは工業都市ということで、以前は紡績業も盛んで、日本でも有名なフィンレイソンという1820年創業のテキスタイルメーカーの工場がここにあった。その跡地は様々な施設が入った複合施設に生まれ変わっている。

なんかマンチェスタに似ているなあと思っていたら、タンペレの愛称は「北のマンチェスター」だそう。納得。

フィンレイソンのアウトレットもある。ベッドシーツやカバー、布地など、安い商品が見つかる。しかしモノによるが、同じような値段でヘルシンキにも売っている可能性あり。

この敷地にPlevna Brewery Pub & Restaurantというビール醸造レストランがある。せっかくなのでタンペレの地ビールをいただくのだ。

ビールはこちらで醸造しているSeverin Extra IPAという2007 ヘルシンキ・ビアフェスティバルで BEER OF THE YEARを受賞したというビール。

料理はTamperelainenという地元料理。イギリスでいうところのブラックプディング、血入りのソーセージなので、苦手な人も多いかもだが、内臓、レバーが好きな私にとっては旨い。あとソースはリンゴンベリー(コケモモ)のソースで北欧の肉料理に欠かせない甘いジャムのようなソース。こちらも好き嫌いあるかもしれんがケチャップ感覚で旨い。あとマッシュドポテト。ビールに最高。

レストランのおじさんに、今日の気温は何度か尋ねてみた。するとおじさんは「マイナス10度か20度か・・・う~ん、何度でも一緒さ!」と言われた。マイナス10度を通り越すと、何度でも体感はあまり変わらんとは聞いていたが、そういうこっちゃ。地元民は気にならんのだな。

屋外から建物に入って写真を撮ろうとしたとき、カメラの調子がおかしくなった。急に昔のフィルムカメラがフィルムを巻き戻すようなスゴイ音を立てて、カシャカシャ音爆裂。急いで電源を落とした。カメラにとってこの急激な温度変化はヤバイはず。本当は温度が変わったらしばらく布でくるむなりケースに入れるなりして慣らしていかねばならんはず。面倒だから無視していたのだが。。。

でもその後はちゃんと写真は撮れていたので大丈夫みたい。ああこわ。

しかしわしゃ気になるぞ。今日は一体何度なんだろう・・・。ネットで調べてみたら、「タンペレ マイナス21度」だった。通りで鼻の奥がくっつく感じと、息を深く吸い込んだらむせる感じがあったのだわ。ある意味貴重な体験だった。

タンペレの月もキレイ。やっぱ空気が澄んでるんだと思う。

帰りの鉄道チケットも、ネットで予約購入していた。19:02タンペレ発。

・・・のハズが来ない。19:20には来る予定と書かれているが・・・。

結局「もうすぐ来る来る詐欺」で、なかなか列車は到着せず、ずっとフェイントかまされまくってようやく来たのは19:47。待っていた他の乗客たちと顔を合わせて「やっと来たね」とお互い苦笑い。

これだけの雪だから、しゃあない。

タンペレ、目立った観光名所がある訳ではないのだが、こうやってのんびり散策するには良いところ。しかしマイナス21度は十分貴重な体験だった。あの10年前に会った兄ちゃんに、タンペレ来たよ!って言いたかったな。